「吹奏楽の甲子園」で掴んだ栄光
―金賞を成し遂げたコトバの力【東海大学菅生高校 後編】
吹奏楽に燃えた高校生たちの物語
加島先生の指揮に合わせて、運命に立ち向かうかのような、トランペットを中心とした重厚なファンファーレが鳴り出した。リリカには、その音が大きなセンチュリーホールの隅々にまで響き渡るのがわかった。
「よし、このままいけば!」
思わずフルートを握る指に力がこもった。
東海大学菅生高校の55人は都大会本選から何段階もレベルアップしていた。一人ひとりが重ねてきた絶え間ない努力の成果をいかんなく発揮し、《吹奏楽のための協奏曲》という難曲を見事に奏でていった。
ジュンヤは、力強く指揮をする加島先生を見つめた。その姿は神々しく、まるで音楽の神様が先生の中に降臨しているかのようだった。そして、先生と55人は今までにないほど一体となっていた。
「あぁ、なんでコンクールは12分間しか演奏できないんだろう。まだ終わってほしくない。みんなと一緒にずっとここで吹いていたい!」
だが、一音一音、曲はフィーネに向かって進んでいく。55人の、110の瞳が熱く加島先生に注がれる。音楽は輝きとなり、まばゆいほどにホールを照らし出して―。
「ブラボー!」
会場中から歓声が湧き上がり、盛大な拍手が巻き起こった。東海大学菅生高校の12分間が終わりを告げた。ジュンヤは「最高の演奏だった」と思いながら、体いっぱいに喝采を浴びたのだった。
「9番、福岡工業大学附属城東高校―ゴールド金賞!」
喜びの声がホールを満たした。
全日本吹奏楽コンクール全国大会・高等学校の部の表彰式。東海大学菅生高校の前にすでに2校に金賞が与えられた。全15団体のうち、金賞を受賞できるのは4、5校だ。
ジュンヤやリリカたちはセンチュリーホールの3階席で固唾をのみ、成績発表を見守っていた。
「10番、東海大学菅生高等学校―」とアナウンスが響く
1秒にも満たないわずかな間だが、まるで時間が止まったかのように感じられた。メンバーの心拍だけがドクッドクッと響き……。
「ゴールド金賞!」
3階席は絶叫に包まれた。
リリカは最初、他の学校のことかと思った。
「え、金賞? 本当にうちの学校のこと!?」
周囲を見回し、歓喜する仲間たちの姿にようやく事実が受け入れられた。やっぱり「謎の自信」は間違っていなかった!
ジュンヤは満面の笑みを浮かべて他のメンバーとハイタッチを繰り返した。悔しさ、ためらい、プレッシャー、涙……すべてを乗り越えて到達した純度100パーセントの喜びに身を任せた。
前年の代表落ちから、一気に駆け上がったコンクールの頂点。創部36年目。加島先生がわずか7人の部員とともに活動を始めた東海大学菅生高校吹奏楽部が、ついに初めての全国大会金賞を受賞した。
喜びの中でジュンヤは思った。確かに、自分たちは歴史の扉を開いた。けれど、今はまだ「点」に過ぎない。翌年以降も金賞を取り続けることで、「点」と「点」がつながって「線」になり、本当の意味での歴史となるだろう。
「やればできる! 必ずできる! 絶対できる!」
ジュンヤは早くも翌年の全国大会に照準を定めた。
2019年、リリカとジュンヤは高校3年となった。リリカは副部長に、ジュンヤは学生指揮者に就任し、それぞれ吹奏楽部の運営と演奏を引っ張るリーダーを務めている。
2019年のコンクールの課題曲は日景貴文作曲《ビスマス・サイケデリアⅠ》、自由曲はベルト・アッペルモント作曲《ブリュッセル・レクエイム》に決まった。2018年に負けず劣らず難しい2曲だ。
並み居る強豪の中で2年連続で全国大会に出場することも、そこで再び金賞に輝くことも、かなり厳しい目標ではある。
しかし、リリカは思う。
「中学時代、私がメンバーじゃなかった1年のときは代表になれず、メンバーになった2年、3年は全国金賞だった。高校でも1年、2年と同じ流れで来てるから、きっと3年でも全国金賞がとれるはず!」
謎の自信―リリカはそれを胸に秘めながら、後輩たちの先頭に立って指示を出し、部長を支え、フルートを吹いている。
加島先生、そして、55人の仲間たちと一緒に、もう一度センチュリーホールのステージから大好きなあの景色を見るために。
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著者:オザワ部長
現在、実際に演奏活動を行っている人だけでも国内に100万人以上。国民の10人に1人が経験者だと言われているのが吹奏楽です。国内のどの街を訪れても必ず学校で吹奏楽部が活動しており、吹奏楽団が存在しているのは、世界的に見ても日本くらいのものではないでしょうか。
そんな「吹奏楽大国」の日本でもっとも注目を集めているのは、高校の吹奏楽部です。
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール全国大会を目指す青春のサウンドには、多くの人が魅了され、感動の涙を流します。高校吹奏楽は、吹奏楽界の華と言ってもいいでしょう。
もちろん、プロをもうならせるような演奏を作り上げるためには日々の厳しい練習(楽しいこともたくさんありますが)をこなす必要があります。大人数ゆえに、人間関係の難しさもあります。そして、いよいよ心が折れそうになったとき、彼らを救ってくれる「コトバ」があります。
《謙虚の心 感謝の心 自信を持って生きなさい。》
《コツコツはカツコツだ》
《すべては「人」のために!》
それらのコトバは、尊敬する顧問が語ってくれたことだったり、両親や友人からの励ましだったり、部員みんなで決めたスローガンだったりします。
本書では、高校吹奏楽の頂点を目指して毎日ひたむきに努力しながら、彼らが胸に秘めている「コトバ」の数々を切り口にし、その青春の物語を引き出しました。すると、通常の取材とは少し違った物語「アナザーストーリー」が浮かび上がってきました。
ぜひ中高生から大人までが共感できる、純粋でまぶしい「コトバ」と「ストーリー」をお読みください。